
2009年12月21日月曜日
高鍋高校OB展
2009年12月17日木曜日
呼吸法の稽古おさめ
12月12日~14日まで西野塾で今年最後の稽古。三ヶ月に一回程度教室に出向いてのお稽古だが上京の時はしっかり参加しようと心掛けている。日ごろは自宅で毎日朝夕2回は独習をする。教室でのお稽古の時に日ごろの成果と独りよがりの是正を確認しながら続ける。呼吸法を始めて、この12月でまるまる2年。前回のお稽古の時に西野先生との対気をはじめて経験する。今回は西野先生不在のため西野先生とは対気は出来なかったけれど、指導員の先生との対気ではズシーンと入ってくるものを感じることが出来た。身体の内部に深く入り込んでくる感じなのだ。対気の経験を積むとこれがもっともっとふかーくなるのかもしれない。ともあれ、呼吸法のおかげで日ごろを快く楽しく暮らせるのは本当に有難いことだ。食事をする感覚で酸素を食べると思って身体を養うこと。体全体の細胞が生き生きしてくる。血液の流れと気の流れがスムーズになるとこんなにもよいなどと皆知っているはずなのだが、経験してみないとその本当の味は解からない。肩がこったり疲れたりすると身体が要求するようになる。身体を捩って緩めて足芯呼吸を2、3回も行えば即座に回復する。有難いメソッドだ。
2009年11月30日月曜日
ビワの葉 薬効
2009年11月29日日曜日
あるヨギの自叙伝
読みたかった本をようやく手にする。最近読んだ本のなかではとても感動している。真直ぐに神の英知へ伸びていく心が理解出来るように書かれてわが身を振り返りつつ読む。確かに神は遙かなのだが確実に求めれば手が届くのだということが解かる。世界のあらゆる宗教は形は違えども目指す意識は同じところということ。根ざすものは「愛」。かけらも自分の中には認められなくとも目指せば何時の日か得られる日が来ることの希望を持つ。
気功や呼吸法を経てこころは肉体と呼吸に繋がっている事を識る。気功の更なるステージを目指して励むならばそして、瞑想によってサマデイに至ることが出来るだろう。瞑想は立禅でも可能ではないだろうか。必要な時に必要なものがもたらされる幸せをかみしめながら読んでいる。
この本に出合えたことを感謝している。
気功や呼吸法を経てこころは肉体と呼吸に繋がっている事を識る。気功の更なるステージを目指して励むならばそして、瞑想によってサマデイに至ることが出来るだろう。瞑想は立禅でも可能ではないだろうか。必要な時に必要なものがもたらされる幸せをかみしめながら読んでいる。
この本に出合えたことを感謝している。
2009年11月27日金曜日
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